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From: ゆうじ
<yuji.shimozono@nifty.com>
Subject: Re: ニーチェ諭序説
Date: 2002/06/05 22:21:05
Reference: tetugaku/00017
6月4日に、lunatic moonさんは書きました。
>>【道徳心・・・自分が嫌だと思うことを人にはしない。】(暗黙の社会的ルール)
>
>この道徳心というのはゆうじさんの定義なのですね
というわけでもなく。一般的なものとしてわかりやすく
定義しました。
>ニーチェの「道徳の系譜」では、道徳というものの言葉の意味がどのように変遷していったか
>を問題にしています。
>
>私の解釈では、「道徳の系譜」では ニーチェがプロテスタント的な聖書の理解を元に、
>元来 道徳というのは自分にとって利益を生み出す物を奨励する思考だったのに、
>キリスト教によって 利他的な物を奨励する思考に変わっていった
>という事を解いているように見えるので、全く上の定義と辻褄が合いません。(?_?)
そうですね。系譜学的手法でニーチェは道徳が成立した背景を次々に
暴く行為に走ったのが「道徳の系譜」ですね。そこから、キリスト教の
道徳の批判が次々と展開されましたね。
で、一番上に定義した【道徳】とはつまりキリスト教的な道徳を定義したつもりです。
そもそもニーチェ的な道徳心というのはない思うので。。。
まぁ、もう一度、前回の記事を読んで見てください。
>という訳で、
>ゆうじさんがいいたい事と ニーチェの思想である所 をはっきりさせて説明して下さい
>
>#ちなみに「道徳の系譜」はまだ論理的だからいいですが、
>#私は基本的にニーチェの詩的な文章をよく理解していません
ニーチェの詩的な文章とは、とても過激なもので全部を受け入れがたい部分も
あり、また逆にとても繊細な部分もあります。しかし、色んな例を交えたり、
ちゃんと展開されながら書かれているのでそんなに理解しがたいものでは
ないと思います。
>ゆうじさんは
>一人称主体にたった真理 ⇔ 一人称主体にたった数学
>という形で 数学との接し方を論じていこうとしているように感じました。
>いかがなんでしょう?
そうですね。そういう意味もあるのですが、
僕は学部の頃に、ニーチェにかぶれて、数学以上に
ニーチェの言う真実に魅了されてしまったので、
その辺の魅力を感じた部分を、ここでお話できたらなと思ってるところです。
ただ、最近「哲学の部屋」のペースが速いので焦ってるところです。
もう少し、ゆっくり展開したいので、焦らせないでください。(笑
一応、本業は数学で居たいので、数学で頭が疲れた時、余興で哲学。
のつもりだったので。